海外に渡り、味わった挫折経験。元Fリーガーが伝えたい、世界のレベルと選手として大切なこと。

2016.09.14 森 大樹

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片山堅仁氏はFリーグ・シュライカー大阪で活躍し、2013年日本代表候補入りもした元フットサル選手。2015年に27歳の若さで引退した彼は現在、海外遠征のコーディネートや通訳業務を行う他、サッカー・フットサルスクールの運営を手がける。その背景には彼が10代で海外に渡り、現地で学んで経験したことを日本に還元したいという想いが込められている。

 

海外へ渡ったことで得た自信と挫折

まず、片山さんは若くして南米に渡っていますが、その経緯から教えてください。

僕は高校卒業後、サッカーをするためにすぐにブラジルとアルゼンチンに行きました。海外に行っていたのは23歳の途中までです。フットサルはあくまでサッカーのトレーニングの一環としてやっていた程度でした。

海外でやってきたことで、自分はできるという過信がありました。そのせいで日本のレベルを甘く見ていたんです。でも、帰国して、他の日本人選手のレベルの高さを見た時に正直、Jリーグに入るのは厳しいと思いました。そう思ってから何ヶ月間かは本当に何をしていいか、分からない状態になってしまいましたね。それまでサッカーのために海外に行き、朝起きて、寝て、食事をして…という生活を送っていたわけですから。もう何も無くなってしまった感じです。

 

しかし、そもそもいきなり海外に、しかも南米に行くとなると言葉の壁は大きそうです。

そうですね。今でこそポルトガル語とスペイン語と日常会話程度の英語は話せるようになりましたが。

もちろん初めは言葉なんて分かるわけがないですが、それでも僕は海外選手の輪の中にどんどん入っていくようにしました。

実はその姿勢はサッカーにも通じるところがあって、下手な選手でも自信を持ってやっているとある程度は付いてくる部分があります。日本人には100%じゃないと人に見せたくない、という風潮がありますが、そもそも失うものなんてないんですから、どんどん見せていった方がいいと思います。

 

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フットサルに転向した理由は?

サッカーの道が厳しいと判断し、自分のアイデンティティというか、価値は何だったのかを模索するようになっていく中で、フットサルを本格的にやり始めました。だから実はフットサル歴は短く、23歳から27歳の5年間です。

始めた当初はパスを出してすぐに走らないといけないので正直疲れるし、つまんないなとは思っていました(笑)

でも高いレベルにいけばいくほど、フットサルは奥が深いとわかりました。そこまで突き詰めて初めて“フットサルよりサッカーの方が楽しい”という考え方を覆すことができます。初めは動きが分からないとか、そういう壁はありますが、それを越えると楽しいと思えるようになってきます。僕の場合はこれに懸けているという鬼気迫るものもありましたしね。

 

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