出逢いは車いすバスケットボールから。人生の伴侶となった2人は共に競技で高みを目指す。

2016.12.26 AZrena編集部

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リオパラリンピックで日本は過去最多のメダルを獲得し、近年パラスポーツの注目度は高まりを見せているが、その中でも高い人気を誇っているのが車いすバスケットボールだ。

そして車いすバスケットボールをきっかけにして人生の伴侶を見つけたのが共に選手として活躍する湯浅剛選手、冴華選手の2人。

12月25日にめでたく入籍した2人が出逢いのきっかけとなった車いすバスケットボールの魅力について語ってくれた。

 

2人の出逢いは車いすバスケットボールがきっかけ。

まず初めにお2人は車いすバスケットボールに出会う前はどんなスポーツをしていたのですか?

:サッカーと柔道と野球をやっていました。サッカーは小学校低学年ぐらいでやめてしまったんですけど、柔道は小学1年から6年までやって、野球は大学までやっていました。

冴華:私は小学校の時にバレーボールをやっていて、中学校からバスケットボールを始めました。中高はしっかりとバスケをやって、大学では車いすバスケットボールのサークルがあったので入りました。そこは2年ぐらいで辞めてしまったんですけど、その後社会人のクラブチームで車いすバスケットボールをまた始めていました。

 

冴華さんはなぜ、大学の時に車いすバスケットボールを始めようと思ったんですか?

冴華:福祉系の大学だったのですが、うちの学生が埼玉ライオンズという車いすバスケットボールチームに、ボランティアで行ったことがきっかけで、大学に車いすバスケットボールのサークルを作りたいという流れができました。それで私もそのサークルに入ったんです。

普段の試合では健常者は試合に出られないんですけど、健常者リーグというのがあったりするんですよ。

 

冴華さんは一度競技から離れて、また社会人で再び車いすバスケットボールを始めています。それはどのような理由があったのでしょうか?

冴華:学生時代まではスポーツクラブで働いていたのでずっと運動していたのですが、看護師になって運動しなくなって、体重が増えてしまったんですよね。それで痩せなきゃと思って走ったら急に足の付け根が痛くなって、痛みが1ヶ月続いたので自分の働いていた病院で受診をしたら『変形性股関節症が進行している』と言われました。手術や減量など、対処法は色々あったようですが、ちょうどその時に車いすバスケットボールで知り合った人で変形性股関節症の人がいたので話を聞いて、それで手術に至りました。

 

それが分かった時にすぐに車いすバスケットボールをやろうと思ったのですか?

冴華:すぐではなかったですね。友人に誘われて車いすバスケットボールの大会を見に行って、「そういえば私これ、できるな」と思って、それでもう1回始めました。

 

一方、剛さんは大学4年時にスキーで障がいを負ったとお聞きしましたがその時のことについてお聞かせください。

:ジャンプして回転したりするためのキッカー(ジャンプ台)で遊んでいる時にバランスを崩し、1回転で着地しようとするのを1回転半して、そのまま落ちてしまったんですよ。自分の中では背中を打った程度の感覚でした。後ろから人が来るので、寝転がっているのは危ないと思って横に移動しようとしたらできなくて。それでヘリで運ばれたのですが、脊髄を損傷してしまい障がいを負ってしまいました。

 

その時のショックは相当大きかったように思えます。

:最初は障がいと思っていなかったんですよ。10ヶ月ぐらい入院をするんですけど、全然思っていたのと違ってそんなに落ち込まなかったですね。結構楽観視していました。

 

そこから生活が一転して行くわけですが、数あるパラスポーツから車いすバスケットボールを選んだ経緯を教えてください。

:スキーはその後も好きだったんですよ。チェアスキーというのもあるので、それをしに行ったら親に『懲りないな』と言われて(笑)

楽しかったんですけど、健常者の時に滑っている感覚とは全く違っていて、そこから感じる不甲斐なさもあり、結局辞めてしまったんです。その後はホッケーをやっていたこともありますが、障がいのクラス分けがないので、片足の人とかと一緒にやると明らかに不利でした。テニスもやったのですが、同じような理由で辞めました。一方でバスケは障がいに応じたクラス分けがあって、しかも体育館さえあればできるという手頃さがありました。

 

車いすバスケットボールとはどのようにして出会ったのでしょうか。

:スキーで障がいを負う怪我をした時、僕は埼玉の病院に入院をしていたんです。その病院には障がいを負った人向けの職業訓練校と寮が付いていて、今後仕事などをしていくにあたり、必要なスキルを学べるようになっていました。自分もそれまで野球しかしてこなかったので、そこに入っていたのですが、訓練がない土日は暇なわけです。

その病院の施設内には体育館も併設されており、土日には車いすバスケットボールのチームが練習に来ていたので、遊びに行かせてもらうようになりました。元々はバスケが一番苦手なスポーツだったんですけど(笑)

冴華:そこが私の所属しているチーム、ELFINだったんです。よく入院している人が遊びに来ていて、彼もそのうちの1人だったということです。