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沓脱正計。運動嫌いの男が、手技療法でプレーヤーを救い続ける理由。

2015.11.05 / 森 大樹

沓脱正計

 

 

仕事内容と始めた理由

-あん摩マッサージ指圧師というのはどういったことを行うのでしょうか。

手を使って体を刺激することで筋肉や関節の動きをスムーズにして運動機能の改善をし、それに関連した呼吸や循環、消化の働きを助けて、肩こりや腰痛、疲労の蓄積、不眠などの不定愁訴(ふていしゅうそ)と呼ばれるものを和らげ、健康増進に繋げることを目的としています。

マッサージは、あん摩マッサージ指圧師の資格保持者か、もしくは医者が行えることにはなっています。しかし、最近ではリラクゼーションのひとつとして無資格でも施術が行われ、怪我さえさせなければ特に問題ないという判例に基づいて黙認されている現状があります。

 

-でも怪我をさせてからでは遅いですよね。

私は無資格者だからリラクゼーション目的の施術を行ってはいけないという考えを個人的には持ってはいません。ただ十分な訓練が行われていないために、クライアントに対して事故を起こしたり、自分が怪我をしてしまったりすることもあります。これは有資格者でも同じことですね。

単に指で押せばいい、くらいの感覚でやってしまって、腱鞘炎などを起こしたり、前傾姿勢でいることが多いので腰を痛めてしまったりするケースもよくみられます。訓練不足で現場に出されてしまうということは、スポーツでいうとルールも分からないまま試合に出るのと同じようなものです。それで施術を行って、お客様からお金を頂くというのは問題があると思います。

 

-しかしお客様側はその良し悪しを判断することができません。

残念なことですが、そのようなことがまかり通っている一面もあります。さらには誇大な宣伝や、高額なものをやたらしつこく売りつけようとしてくるところもあり、注意する必要があるかもしれませんね。

一方で適切なPRは誤解を受けないためにも必要ですが、資格を持っているが故に広告制限の規則を守らないといけないなど、有資格者にとっては窮屈なことがあります。

 

-資格を取得するには専門の学校に通うということですよね。

そうですね。3年間学校に通って訓練を受けることで受験資格を得ることができます。解剖学や生理学、臨床系の勉強もしますし、東洋医学の方の知識も必要になってきます。国家試験自体は筆記試験ですが、学校の卒業試験には実技も含まれます。

 

-沓脱さんはどのようにして学校に通っていたのでしょうか。

私は新聞奨学生をしながら通っていました。新聞配達をして、給与の一部が学費に充てられるというものです。

そんなに裕福な家庭ではないから仕送りができないということで、父からは家を売らないといけない、とまで言われました。母からはお金は出してもいいが、その分口出しもするぞ、と圧力をかけられました(笑)

そう言われたら自分で働いて学費を払うしかありません。医療系なので学費も高く、お金はなかったです。デパートの地下に行って1周回り、試食品で食事を済ませたり、パン屋さんで食パンの耳だけをもらってきたりしていました。髪の毛も切りに行くお金がないので、自分で切っていました。でも久々に大阪の実家に帰った時、飼っていた犬の毛が綺麗に専用の美容院でカットされていて、ショックだったのを覚えています(笑)

実家の自分の部屋も片付けられて物置になっていたんです!家から僕を出すための母親の戦略だったのかもしれません。

 

-その他にもいくつか資格をお持ちなのは何か理由があるのでしょうか。

大学の方では認定心理士の資格を取得しました。例えばストレスが原因で肩こりが出てしまうなど、心の問題から体に異常が出ている人がいます。そういった方々にも対処できるように心理学に興味を持ちました。

もう一つの理由として当時、手技療法はまだ科学として認められていない部分があるというのがありました。硬くなっているところを見つけてほぐすとなると、レントゲンなどに映るわけではないので、どこに問題があるのか見せにくいわけです。しかし心理学は目に見えない心というものを対象にしているにもかかわらず科学的に認められていて、それはなぜなのか気になって勉強してみることにしました。

 

-科学的根拠がどういったところにあるのか、知りたかったということですね。

あとはケアマネージャーの資格も持っています。高齢者や要介護者の方を取り巻く環境と要望を考慮したうえで社会的資源と結び付け、生活をよくしていくことがケアマネージャーの仕事です。

まだ病院のリハビリ室でスタッフとして入っていた頃に、患者さんが病院にいらしている時の姿だけしか診ていないけれども、それぞれ一人ひとりに異なった生活があって、様々な背景を知る必要があると強く感じました。患者さんの生活まで見られるような広い視点が欲しかったんです。しかし、事務作業や連絡調整などの業務をこなす能力はさっぱりでした。私はマネージャーには向かないようです(笑)

 

-目の前の事実だけでなく、その原因がどこになるのかという根本に迫っていくということでしょうか。

その通りです。仕事としてはコリを取ったり、身体のバランスを整えたりすることが最低限求められますが、そもそもそれがどういった理由で起きたものなのかを探って解決していきたいと私は思っています。その人の何らかの事情に想いを馳せ、共感してあげることで助けになれると信じてやっています。

でも、やればやるほど難しくなるものです。以前の経験が少なかった時のほうが断定的な判断して、患者さんにはハッキリと原因について伝えることができたのですが、学ぶほど反対に明確には伝えにくくなってきているような気がします。

沓脱正計

 

実は運動が嫌い!だからこそできることがある。

-経験を積み重ねたことで様々な可能性を考えることができるようになったということですね。沓脱さんご自身は何かスポーツをやっていたのでしょうか。

実は僕、運動嫌いなんです(笑)子供の頃は剣道をやったり、マンガの影響で少林寺拳法を習ったりしていたのですが、試合でも勝った記憶がありません。高校時代はアルバイトに明け暮れていました。

 

-こういうお仕事をされている人はスポーツをするのが好きな方が多いので意外です。

だから僕の場合は自分が運動嫌いな分、いかに効率良く、必要最小限のエネルギーで体を動かせるかを考えて来ました(笑)でもそれは運動をする人にとっても活かせるはずだと思っています。

 

-そうなるとこの道にはどういったきっかけで入ったのでしょうか。

高校生の時に大好きだった祖父が入院していたのですが、すでに末期の状態で、見舞いに行くと意識はなく、体からたくさんの管が出ていてすごくショックでした。

それを見て呆然と立ち尽くしていた僕に看護師さんが「足をさすってあげてください」と声をかけてくれたので、言われた通りにしたところ、険しい表情をしていた祖父の顔が少し和らいだように見えました。これだけ医療が発達した世の中であっても、人間のことを最後に慰められるのはやはり人間の手であることをその時に感じました。それから僕は、道具を使わずに手だけでどれだけ人の苦痛を和らげることができるのか見極めたいと思って、この業界に入ることにしました。ですから、僕にとってまずは手技療法ありきで、その上で何ができるのかということを考えるので、偏りがある立場だと思います。

 

-「手」を使うということに強いこだわりを持っているんですね。

そうです。ただ、僕の専門である手技療法以外のトレーニングやテーピングなどを得意としている人も、患者さんを治してあげたいという強い想いに関しては同じだと思うので、うまく連携していければと考えています。患者さんで次のステップとしてトレーニングが必要になったとしても運動嫌いの僕がそこまで指導してしまうのは心が痛いですから(笑)プロとしてお金を頂くに値するアドバイスができないのであれば、より質の高い指導や施術ができる方にご紹介します。それが結果的に私の治療院のサービスの質を上げることに繋がりますからね。

 

-逆に手技療法でしかできないことも存在するということでしょうか。

スポーツをやっている人に関していうと、例えば肉離れを起こしたとします。治りかけになると筋肉が固まってしまう時期があるのですが、それをストレッチでほぐそうとしても前後の健康な筋肉の方が先に伸びてしまって、的確な箇所に刺激が届かないことがあります。そこを直接手でほぐしてあげることが、回復をより早める道になったりします。思うように動かない状態でトレーニングを再開してもその効果が薄くなってしまうだけです。僕がスポーツ選手に対してできるのは、それを動かせるようにして、トレーニングし甲斐のある状況をつくることです。トレーニングへの「助走をつける」といった表現を私はよく用いていますね。

沓脱正計

 

“激痛治療”なのにはワケがある

-沓脱さんの治療院にはどのような方が来られますか。

年代は平均すると40~50代、7割ほどは女性です。ビルの3階でやっている隠れ家的な治療院なのですが、それでも女性の方が多いです。やはり男性よりも女性の方が自分の体をケアしようとする意識が強いからだと思います。スポーツをする人ですと、大会の時期には市民レベルのマラソンやトライアスロンに出場する予定の方がよくいらっしゃいますね。あとは土地柄、冬になるとクロスカントリースキーをやる方が来ます。

 

-治療院の特徴を教えてください。

私のところは“激痛治療院”として有名です!近くに自衛隊の基地があるのでよく来られる、自衛官の人たちも悲鳴を挙げるほどで「苦悶式」なんて言われたりもします(笑)

 

-ビルの中にあると他の部屋の方に驚かれそうですね(笑)

院は3階にあるのですが、1階の扉を開けると患者さんの声が聞こえることがあるらしいです。でも僕自身が力をいっぱい使って施術をしているわけではなくて、しっかり芯に当てれば飛び上がるくらい痛いところもあるということです。野球でバットの芯にボールが当たると、力を入れなくても自然に飛ぶことと同じです。

この業界では痛みを与えてはいけないという考え方もありますが、それはそのような状態の時もあるということで、一方ではしっかりした刺激が望ましいケースもあると思っています。

僕が痛めつけようとしているのでは決してなくて、患者さんが痛くなるような状態になっているだけなんです!でも痛がっているのを見て僕が喜んでいると勘違いされる方もいるんですよね(笑)

痛みを伴う治療が必要な時もあるわけですから、そこは自分がやらなければ誰がやるんだ!という強い心意気を持ってやるようにしています。

 

沓脱正計

 

-そこまで言われるとどの程度痛いのか気になります(笑)

痛みに関係している部位に近づいていくと皆さん本能的に分かるようです。それが患者さんに対しての説得力になります。いくら言葉でお話しても伝わらないときは、体験してもらうのが一番ですから。

でも痛い治療の後は、ご自分でケアができるよう、どの場所を刺激すればいいのかをお伝えし、ペンや傘などの道具を使って時間をかけてセルフケアをして頂くようにしています。自分でやるとそこまで痛くできないですから。次にいらした時は、痛い思いをしないためにもケアしてくることをおすすめしています(笑)

痛みを伴う治療はできれば避けたいと多くの方が思うものですが、ただ、どうすれば症状がよくなるのか方向性を実感によって示すことができるというのは、その人にとっての希望になるのではないでしょうか。

 

-姿勢などでその人のどこが悪いか分かったりしますか。

おおよそ見当をつけることができますし、場合によっては自然と見えてくるとこともあります。スポーツなら、あるポジショニングの意味が経験者にはすぐ分かることと同じかもしれません。

 

患者と「向き合う」よりも「一緒に歩く」治療を

-現在はお忙しい日々を送っている沓脱さんですが、もし今のお仕事をしていなかったら何をしていましたか。

何か一人で没頭できることをしていたと思います。誰かの下で働いている自分は想像ができませんでした。だから職種は違えど、独立して職人をしていたでしょうね。

 

-座右の銘を教えてください。

「一期一笑」です。誰かといれば笑い自体は繕えるものです。しかし、本当に辛い時は一人になると微笑んでいられないものです。私は患者さんが一人になった時にも微笑んでいられるような治療がしたいと思っています。そのために患者さんと「向き合う」という姿勢より、一緒に歩いていくようなイメージで接していきたいです。

沓脱正計

 

-最後に沓脱さんの今後の目標を教えてください!

スポーツに関しては、怪我が理由で自分の好きな競技を諦めるなどということがないようにできたらと思っています。回復させるための手段のひとつとして手技療法というものもあるということを知ってもらい、試して頂きたいです。

しかし私はスポーツには明るくないので前面に出るのではなく、むしろトレーナーの人をサポートするようなポジションに立ち、協力していきたいと思っています。例えばスポーツ選手に対して、試合前に強い施術をしてしまうと力が入らなくなってしまいます。施術のタイミングなどを選手やトレーナーの方と相談しながら決め、進めていくという形です。

同時に今は、トレーナーの方に手技療法を直接伝えるような活動もしています。トレーナーの人がそれを必要とする場面もあるはずです。個人で診ることができる人数には限界があるので、そういう知識や技術を広めていってより多くの人に手技療法が役立っていけばいいですね。

あとはコーチや監督などの指導者の方にもぜひ体感してもらって、手技療法が有効であることを理解して頂きたいです。そうすれば選手に何かトラブルがあった時には指示もしやすくなるでしょうから。マッサージなどの手技療法は疲労を回復させること以外にも、様々なことに役立つということを伝えていきたいです。