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IT化の波は審判の世界へ。REFSIXはレフェリーの救世主になれるか!?

2018.07.10 / 小田 菜南子

REFSIX

2018年、サッカーはITと急速に距離を縮めた。VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー制)がワールドカップロシア大会から初めて導入され、1次リーグC組のフランスvsオーストラリアで早速その存在感を発揮した。一度は主審によって流されたオーストラリア選手のファウルがVARによって覆り、フランスがPKを獲得し、先制点が生まれたのだ。さらに、決勝点となったフランスの2点目は、クロスバーを叩いて真下に落ちたかのように見えたが、これはゴールラインテクノロジーによって得点と判定された。

まさにテクノロジー尽くしの一戦だった。しかしそこに人の“不足”が補われる、という負い目のようなものは感じられなかった。主審がすぐさま試合を中断し、ビデオ判定を確認しに行くシーンは、この新技術が完全なる第三者としてスポーツを支える未来を想像させた。だが、それはもはや世界大会だけで起こる話ではない。グラスルーツでもすでに、ITはサッカーとの結びつきを深め始めている。

 

アナログ主流の世界に、スマートウォッチとともに乗り込むREFSIX

『REFSIX』はイギリスで開発された、サッカーの審判員のために設計されたアプリだ。時計機能、記録用紙、パフォーマンスデータ記録をスマートウォッチ 1つにまとめることができ、すでにヨーロッパを中心に各国でリリースが進んでいる。日本では主に2,3級審判向けに普及活動が行われており、すでに社会人の県決勝での使用実績もある。

スマートフォンから担当する試合のチーム、選手、レギュレーションを登録し、スマートウォッチで同期を行うと、試合中はすべての記録をスマートウォッチ一つで行える。スマートフォンはロッカールームに置いたままでいい。さらに試合内容だけでなく、自らの走行距離や、ポジショニングを記録するヒートマップも試合後にデータ化して見ることができるのだ。交代人数やハーフタイムの時間などを試合ごとに設定でき、少年サッカーから社会人、プロリーグまで幅広い大会規約に対応が可能だ。まさに優秀な“片腕”となる。

REFSIX

スマートフォンに試合情報を入力し、「時計に送信」を押すとスマートウォッチに転送される。

REFSIX

ジャッジ内容と時刻がわかりやすく1画面にまとまる。

 

その一番の特徴は、操作性の高さにある。シンプルで視認性の高いアイコンが配置され、試合中の反則や得点者の記録など、スピーディーな判断や対応が求められるシーンでも、感覚的に画面をタップし記録することができる。紙に手書きのメモで記録するのと比べると、記入ミスもなければかかる時間も少ない。事実、使用者からは「顔を下にしている時間が少ない」「すぐにリスタートできる」といった声が寄せられている。観戦者視点で言えば、審判の“書き待ち”によって試合の中断時間が延びることが減り、よりストレスフリーに試合を見ることができるようになる。

 

 

「UI/UX、つまり画面のデザインや操作時のアプリの動作などは特に注力した点です。一秒を争うシーンで、瞬間的に操作できるものでなければこのアプリは普及しません。リリース後も一か月ごとに、ユーザーからの声を受けてアップデートを行っています。たとえば得点時の画面遷移。かつては得点者を記録するとすぐに元の画面に戻っていましたが、それではちゃんと記録されたのか分からず、不安だという声が届きました。今は得点者をタップするとすぐにサッカーボールのアイコンが表示され、得点が記録されたことがわかりやすくなっています。他にも、レッドカードの提示後は、画面を再度タップしないと次の操作に進めないなど、試合の重要な局面での操作に敏感に対応しています。」

こう、ユーザーの使い心地へのこだわりを説明するのは、REFSIXの広報担当である本田大晟氏だ。彼はイギリス留学中にREFSIXと出会い、日本での普及活動を担当している。立教大学に通い、学生連盟の審判部に所属している、現役の大学生レフェリーでもある。

 

また、試合後にこそ記録を活用してほしいと本田氏は語る。REFSIXでは、今までの試合のスタッツの統計を見ることができ、自分が出したイエロー/レッドカードの枚数の合計もチェックできる。

最近では選手並み、それ以上の体力が求められるレフェリーだが、このアプリでは自らの走行距離とヒートマップが示され、過去の記録と比較することもできる。たとえば当該試合を振り返ってみるとフィールドの中央にいることが多く、動きが少なかったことを確認した上で、さらなるトレーニングに励むなど、レベルアップにつなげてもらうことが期待される。

 

REFSIX

シーズンを通した自分のジャッジの統計を見ることができる。

REFSIX

REFSIX

一試合ごとにパフォーマンスを見返すことができる。

 

本田大晟氏

 

「レフェリーに求められるレベルは年々高くなっています。より高い専門性が要求されるなかで、自分のパフォーマンスを振り返り、分析、向上させることが必要になっていく。ですが、その環境が整っていると言えるのは、Jリーグなどトップリーグで笛を吹くようなレフェリーだけなんです」

本田氏は、レフェリーの置かれる状況をこのようにとらえている。

 

日本の審判登録者数は約26万人であり、意外にも“審判大国”と言える。実働で見るとその割合は10%ほどだが、その多くが“兼業審判”だ。本業を持つ彼らにとって、大きな負担となるのが試合後の審判報告書の作成である。試合のスタッツを所定のフォーマットに記入し、印刷したものを郵送で3日以内にサッカー協会に送る必要がある。

たとえば日曜の14時の試合で笛を吹き、試合後自宅に戻り報告書を記入する。それが終わった時点で19時近くにはなるだろう。翌日からの5連勤を控え、その時刻から今日の試合の映像を見返して自分のレフェリングやパフォーマンスを反省する時間など、全員が取れるものではない。

このようなグラスルーツの審判をサポートするために、REFSIXは2015年イギリスで創業された。英語圏から、ノルウェー、フランス、ポルトガルなどサッカー大国を中心に次々とリリース範囲を拡大し、2018年に日本語版をローンチした。煩雑な事務手続きを自動化し、レフェリーのパフォーマンスをデータ化することで、レフェリーレベルの底上げを図っている。今後は、REFSIXと審判報告書のフォーマットを連動させ、ワンタッチで入力を完了させることを目指すというが、その実現の日は近いという。

 

REFSIXのステッカー

 

世界的に高まる、レフェリーへの要求レベル

REFSIXが生まれた背景には、イギリスにおけるサッカーの文化的特徴がある。

「イギリスのフットボールは庶民のスポーツとして発展してきました。その傾向は下部リーグになると色濃く表れます。競技として以上に、エンターテインメントの一つとしてフットボールを捉えるプレーヤー、オーディエンスが多い。学校や会社では口に出せない罵りあいの言葉も、スタジアムでは声援の一つとして思いっきり叫ぶことができる。それは選手も同じで、ピッチ上での選手間の衝突も多い。そんなシーンも含めて、地域間のアイデンティティを懸けたエンターテインメントの一つなのです。試合中に選手がヒートアップした状態で集まり、集団的対立を起こす場面もあります。試合の勝ち負け以前に、試合が無事終わるか終わらないかすら危うい試合も珍しくありません。ここでレフェリーに求められる役割は、“調停者”です。2チームをうまくまとめられるか否か、その試合をコントロールできるか否かがレフェリーの価値です。」

 

自身もイギリスの8部でレフェリー経験がある本田氏は実感を込めた。極端に言えば、ルール云々よりも盛り上がるかどうか。そんな状況にFIFAが待ったをかけてきた。

「下部リーグでは今でも、出場停止のはずの選手が試合に出るなど、ときに無法地帯ともいえるような状況が生まれています。しかしそんな現状を正そうと、FIFAが各国の協会に働きかけ、レフェリーレベルの向上が今まで以上に求められ始めているのです」(本田氏)

そうした風向きの変化に日本も影響を受け、前述の審判報告書のような審判の「管理」も一層厳しくなってきているという。要は審判の“仕事”が増えているのだ。加えてさらなる正確性が求められる。そうした審判が直面している状況への課題感から、このアプリは生まれた。

 

転機となったのはApple watchの登場

REFSIXのCEO、Hassan Raiwani自身も現役レフェリーだ。彼が大学時代、レフェリーの資格を取得したあと、その提出するべき書類の多さに疑問を感じたことからこのアプリは生まれた。その構想は彼の卒業論文に端を発する。当時はスマートフォンをピッチ上に持ち込む以外の方法がなく、このアイデアは成立しないと思われた。しかし2015年にApple Watchが登場すると、REFSIX実現への動きが加速する。同年に英国ブライトンで創業を開始し、その後のApple Watch 2のGPS搭載などの技術的な成長に合わせて、REFSIXも進化を遂げてきた。

Raiwani氏以外にも、REFSIXの創業メンバーはそのほとんどが現役/元レフェリーである。さらに、最初のプロトタイプ完成後1年間で5か国50人のレフェリーにサンプリングを行い、フィードバックを受けた。その中で国ごとに求められる機能の違いも浮き彫りになった。得点時、得点時間のみを記録すればいい国と、得点者との両方を記録しなければならない国がある。不吉とされる13を背番号に設定しない文化圏や、変動背番号制のリーグへの対応も必要だとわかった。それらの機能は現在インストール時にそれぞれ設定することができる。まさにレフェリーによって生み出され、レフェリーによって育てられているアプリだ。

 

たとえば、今後データの統計機能がパワーアップすれば、自分のジャッジの傾向を振り返ることも可能になる。また、どの地点からどのジャッジを行ったのかがわかれば、ポジショニングの反省も行える。こうしたデータの蓄積が世界のレフェリーレベルを高めていくことは疑う余地がない。すでに、REFSIXを通じて集められたデータを元に、レフェリーアセッサー(レフェリー指導者)向けのアプリの開発も進んでいる。レフェリー個人の得意不得意を分析し、一人ひとりに最適なトレーニングや育成方法を確立することができるようになるという。

もちろん普及への障壁もある。新たなテクノロジーへの不安感を拭うには時間がかかる。スマートウォッチありきのサービスであるため、初期投資が必要になることも、兼業審判には大きなハードルだ。本田氏は日本においてその壁を乗り越えるべく、JFAの審判委員会にも働きかけ、機能面やサポート面へのフィードバックを受けながら浸透の足掛かりを探っている。すでに導入している個人向けにも、SNSを通じたフォローアップサービスも行っており、LINE@、Twitter、facebookの公式アカウントのメッセージ機能から質問を送ると、回答を得られる。ちなみにW杯期間中、Twitterとfacebook上でその日の注目試合のレフェリーチームを主審の豆知識入りで紹介してくれている。サッカー談義のなかでさりげなく披露したい。

新たなテクノロジーは、時に反発を伴う。しかし、これからのスポーツの進化はITの進化とともにあることを、ロシアで行われているW杯はすでに私たちに示している。壁を越える労力に余りある価値が、サッカー界にもたらされることは想像に難くない。

 

問い合わせ先: [email protected]

Website: refsix.com/japan

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