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「3週間の出張で得られたのは一言のみ」。木崎伸也が語るスポーツライターという仕事

2016.11.29 / 竹中 玲央奈

木崎伸也氏

ドルトムントの応援を体感すべく、バイエルン戦をゴール裏で観戦。サポーターに無理やりマフラーを巻かれて撮影

前回の記事では木崎さんがスポーツライターとなった経緯を中心にお話頂きました。後編となる今回は、その職業を名乗れるようになって”以後”のお話を伺います。

 

選手につきっきりで取材をすることの大変さや、海外と日本の違いなど…この世界を目指す人にとっては知っておくべき情報であることは間違いありません。そして、11月11日に上梓したサッカー日本代表・本田圭佑選手の取材における裏話も明かされています。

 

ドイツにおいてジャーナリストは特別な仕事

ドイツには2003年1月から2009年1月までいたのですが、そこの生活で感じたのは、むこうのジャーナリストは『取材させてください』というようなへりくだる態度は全くないという部分です。相手と対等だと思っていて、みんなが知る権利を自分たちは代表して行使している立場だという姿勢が強く、弁護士や会計士みたいな“特別な資格を持った人”と同じような感覚で仕事をしているんです。 これはよく話す例なのですが、高原選手がビルトの記者に、『住所を教えてくれ』って聞かれたことがありました。

木崎伸也氏

バイエルンのドーハ合宿でグアルディオラの練習を取材

 それに対して「プライベートだから言わない」と彼は答えたんです。ただ、次の日の新聞を見たらスポーツ欄の一面で、住んでいる家が出ていて、間取りまで書いてあった。 それを受けて、高原選手はチームの広報に『ビルトの記者とは仲良くしておけ』と言われたみたいです。“喋らないのであればこっちですぐに調べて、出すぞ“というようなメッセージだったと思うのですが、そういう事実も目の当たりにしたわけです。

攻めの姿勢というか、報じる権利の義務感というか、権利意識に対して勉強になったというか…感じるものは大きかったですね。だから、常にビルトの記者のイメージが頭の片隅にあります。そこまでやらないにしても、記者として読者の権利を抱えているということを、一番に学んだかなと思います。

岡崎慎司

マインツの練習場で岡崎慎司選手に取材。陸上から取り入れた走り方を聞いた。

 

日本へ帰国後、収入は半分に

ドイツで仕事をしている中でマンネリ感が出てきて、自分の物差しが出来てしまい、それを多くの人に当てはめて物事を見るようになってしまったことから、ここで変えないといけないなと思い、帰国することに決めました。

ただ、一番の悩みは帰ってから仕事があるかどうか、というところでした。実際に仕事はあったのですが、収入は半分くらいになりましたね。そこで収入のありがたみをすごく感じました。ドイツにいれば通信員としてベースの給料が1日1万円。それプラス、フリーとして他の仕事も好き勝手やらせてもらえていたので。 そういうのがなくなった中、原稿の依頼が来て1,000字で1万円もらえると言われると、その重みを感じて、かつ「一体、10万稼ぐのに何文字書くんだろう」と。そういう不安からスタートしました。

そこから、どこを取材しようか考えて、運良くドイツ人監督であるフィンケが浦和に就任したのでその現場にいったり、帰国して風間さん(風間八宏 現川崎フロンターレ監督)が指揮を取っていた筑波大学に行き始めたりしました。

その後、僕の原稿を読んで声をかけてくれた週刊東洋経済に勤めていた佐々木紀彦さんという方からお話をもらって、東洋経済でも連載を始めたんです。そして佐々木さんがNewsPicksを立ち上げるという話になって、“今までのようにフリーの活動をしても良いのであれば”という条件で参加をさせてもらいました。

そして、今年の4月末にNewsPicksを辞めました。自分で新しいメディアを立ち上げるためです。今は、来年2月オープンを目標に準備しているところです。

 

本田圭佑を取材したことで感じたこの仕事のやりがい

今回、本を出した本田圭佑選手と初めて会ったのは2008年の1月です。オランダのVVVフェンロに所属しているとき、試合後に挨拶をしたのですが、超オープンな人で。『名前は何と言うんですか?』と聞かれて「木崎です」と言ったのですが、『いや、下の名前で!』と。いきなり来た僕に対してヨーロピアンな態度をとっていて、「なんだこの人は!」と思いました。そこが付き合いの始まりです。

僕よりもっと本田選手と仲の良いライターさんもたくさんいたんです。でも2010年のW杯以降、急に喋らなくなった彼に対して、『なんで喋らなくなったのかを※モスクワに行って聞いてきてくれ』と僕がNumberの編集部に言われました。これが、今回出版した本のそもそもの始まりでもあります。

※当時、本田選手はCSKAモスクワというロシアのチームに所属していた

その中で色々、ありました。モスクワに行こう思ったらリハビリで彼がバルセロナに行っていたことがあって、それでも編集部からは『探してきてくれ』と言われたんです。でも、具体的な居場所についての全く手がかりはない。ただそれでも、全てのジムにいけば会えるはずだと思ったし、最悪、病院に張り込んでいれば治療に来た時に会えると思いました。

そこで、ある病院に張り込んでやろうと思ったら、スポーツ選手っぽい人が出入りするところがあったんです。そこを覗いてみたら本田選手がバーベルあげてトレーニングをしていたんですよ。そういうこともありました。ただ、彼が喋らなくなって以降は連絡先も知らなかったですし、事務所ともコンタクトはとっておらず、突撃で取材したことを書いていた感じです。正式なインタビューは一回もしたことがないですね。全部、練習終わりで待って聞いたり、空港で待って聞いたり…。すべて直撃取材でした。

本田圭佑

CSKAモスクワの練習場で本田圭佑選手を直撃取材

 

話さない選手に話してもらうためには、もうひたすら粘るしかありません。そこで得られるものは多いけど、失うものもあります。色々な仕事を断っていかなければいけないですから。例えば、モスクワに3週間滞在して一言しか喋ってもらえないこともありました。その間、他の仕事はできない(笑)。喋ってもらえない人に対して、すべてを捧げられるかというところです。 毎回、捨て身でした。 モスクワに滞在する3週間では観光くらいしかできない。一応、毎日練習場へ行くんですけど、練習場は遠いから疲労困ぱいになるし、行ってもほぼ喋ってくれない。よくやっていたな、と思います。

その滞在で言われたのがたったの一言だけです。最終日に車のウインドーから顔を出して、『俺のコメントなしの原稿を楽しみにしているよ』と言われたんですよ。でもそれで書いたNumberの原稿はけっこうインパクトがあったようで、今でも多くの人から『あの記事を読みました』 と言われます。

2011年にカタールで行われたアジアカップで日本が優勝したとき、ドーハの空港から本田選手はCSKAの合宿に向かったのですが、旅立つ直前、1人でラウンジにいて、彼の前に座ってコーヒー飲をみながら話をしてくれたときがありました。その大会で彼はMVPになったこともあって、空港のスタッフも入れ替わり立ち替わり記念撮影を申し込んでいました。大会MVPとなった選手を独占取材出来ているその瞬間はものすごく幸せだったというか、絶世の美女とデートしていると例えると変ですが、それよりもすごく特別な空間でしたね。この仕事をやっている中で、そういった瞬間にやりがいや達成感を感じます。

 

スターに依存しないスポーツメディアが求められている

今後、スポーツライターという世界には、元プロ選手が入ってきてもいいと思っています。ドイツには4部や5部でプレーしていた記者がたくさんいます。 “こういう人に目指して欲しい”という話で言うと、この仕事は究極的には誰でもなれると思いますが、自身の強みを仕事の中で生かせる人が良いかなと。すごい人当たりが良いのであれば選手に食い込むのが上手くいけるし、あまり人が得意じゃないけど粘り強くやれるのであれば取材ができる人がいる。全方位的に人と仲良くなれるという人も、そういうやり方で選手と繋がれることもできると思いますし、僕みたいにほぼ一人に深く突っ込むということもあります。ただ、その場合は得るものがあれば失うものもあります。

問題点と合わせて言うと、スポーツはスターに依存する部分がどうしてもあって、スターがいないと雑誌が売れなかったり、視聴率が稼げなかったりします。スターがいないと結局自分たちがどうにもできないものがある、というのが今の日本のスポーツメディアです。でもヨーロッパのサッカーメディアを見るとスター依存ではなく、選手に関係なく成り立っている部分があります。そういう世界を作れる人材が入ってくるといいかなとも、感じています。

木崎伸也氏

僕は長谷部選手や本田選手の良さを最大限に引き出す仲介役というか、そういう役割に徹していたし、僕らスポーツライターはそういうものだと思っていました。ただ、そうじゃない、スターに依存しない人がスポーツライター界に出てくると、日本スポーツ界ももっともっと成熟するかなと思いますね。具体的にこれ、ということは明示できないのですけど…。

選手とともにライターもステージからフェードアウトしていくべきだということは少し、思っているんです。というのも、新鮮な感覚がどんどん失われていくから。例えば金子(達仁)さんが中田英寿選手を追って、金子さんが中田選手の文章を書くと。その文章はすごく好きでしたし、一時代だったと思います。次に本田選手が出てきて僕だけじゃなくいろんな人が書いている中で、多少縁の深い書き手がいたら、次にまた新しい選手が出てきたときに、塗り替えていかないといけないと思うんですよね。NewsPicksに参加したのもそういう理由がありました。そして、2014年を自分が取材する最後のW杯にしようというのは思っていました。そこで、新しいことに挑戦をしたいなと。

また、メディアの規模がすごく小さくなっていっているのを感じていたというのもあります。だからこそ日本市場じゃなくて海外市場に目を向けたメディアをやりたいなと思っていて、選手に食い込んでドキュメントを書くというのはここで一区切りしようかなと思ったんです。次世代の選手は次世代の書き手がやったほうがいいと思っているので。今の抱負は、オーガナイズする立場として海外を市場としたメディアに挑戦したいという部分ですね。

 

読者プレゼント

今回取り上げた木崎伸也さんの著書「直撃 本田圭佑」を抽選で3名の方にプレゼントします! 応募方法はAZrenaのtwitterアカウントをフォローし、本記事をコメント付きで引用RTして下さい。応募期間は12月5日(月)10:00までです。たくさんのご応募、お待ちしております!

直撃 本田圭佑