南ア戦歴史的勝利を支えたウェザーニューズが示す「スポーツ×気象」の可能性
スポーツの勝敗を左右するものというのは1つではない。選手の調子、怪我人の状況、場所、雰囲気、相手との相性…様々なことが考えられるが、屋外競技においては天候も重要になってくるだろう。
天気によって観戦に行く人が試合の開催の有無を気にしたり、持ち物が変わるように、選手も準備の仕方が変わってくる。昨年のラグビーW杯において、日本代表が強豪・南アフリカに勝利したが、その試合でも気象予報の的中が1つの大きなポイントとなっていた。
スポーツ気象チームとしてそのラグビー日本代表をサポートしていたのが、株式会社ウェザーニューズの浅田佳津雄氏である。歴史的劇的勝利の裏側、スポーツと気象の関係性、そして今回のリオデジャネイロ五輪との関係性と今後の展開について伺っていく。
スポーツへの熱い想いを捨てきれず“出戻り”
大学時代までラガーマンだった浅田氏は新卒でウェザーニューズに入社し、8年間勤めた。だが、その後に転職をして9年間、別のIT・通信関係の会社で働いていたという。
しかし、昨年から再びウェザーニューズに戻った。その理由は長い間持ち続けてきたスポーツを愛する気持ちと、母校の後輩を思いやる気持ちだった。
「戻ったきっかけは別の会社で働いていた時に、ウェザーニューズの社長と食事をする機会があって、もっと志を持ってできる仕事をしたいと相談したことでした。その際にそれをうちでやればいい、と再び声をかけてもらったんです」
仕事の傍らで母校・成城大学ラグビー部のGMを務める浅田氏は、自身の学生時代と後輩達を重ね合わせながら、苦労を間近で見てきた。練習もある中で、彼らは活動費も確保しなければならない。成城大学ラグビー部は関東大学対抗戦B(2部に相当)に所属し、入れ替え戦にこそ進出経験はあるものの、A(1部)に昇格したことはない。そうなると、OBからの寄付金集めがうまくいかないという実情もある。
「彼らの環境をよくしてあげたいという志も持っていましたし、自分が想いを持って仕事をするということをかねてからやりたいと思っていたんです。そうなるとやっぱり自分がスポーツに関わることでその価値を高めていくだろう、と」
新たな挑戦。実績づくりをまずはラグビー日本代表から
ウェザーニューズに戻るにあたり、まず思い浮かんだのはやはり2020年の東京五輪のことだったという。
「僕自身はもちろんのこと、ウェザーニューズが何かそこに向けて関われたら、うちの社員みんなが自分の仕事を誇りに感じられると思ったんです。本人がこの会社に入ってよかった!と思うだけでなく、今まで育ててきたご両親、背中を見ている子供や家族にとっても、自分の身内が選手の活躍を支えていると感じることができたら、鼻高々じゃないですか。」
とはいうものの、一体どうしたら東京五輪に「スポーツ×気象予報」という観点で関わることができるのか。まだ目立った前例がない取り組みに対して価値を感じてもらうために、まずは実績づくりをする必要があると考えた浅田氏は、翌年に迫っていたリオデジャネイロ五輪に狙いを定めた。
「大会が開催される8月は暑く、熱中症になるリスクも高い。それを予防するためにリオ大会で実績をつくった僕らが東京大会に向けてこんなサービスを提供します、と言えれば強みになります。過去に日本選手団をサポートした実績を持って、組織委員会に提案した方が説得力も出ますよね」
そうなると今度はどの競技から取り組みを行うのか、という話になる。ここで浅田氏は自身の出身競技である15人制ラグビーの日本代表にアプローチすることにしたのだ。五輪種目ではないものの、ラグビーは東京五輪前年の2019年にW杯が日本で開催されることが決まっている。
浅田氏(左)とラグビー日本代表アナリスト・中島氏(右)
そして伝手をたどり、実際にラグビー日本代表スタッフと会った中で、気象に関して興味深い話を聞くことになる。
「当時日本代表HC(ヘッドコーチ)だったエディ・ジョーンズさんはすごく天気を気にされる方で、『天気は変えられないし、受け入れなければならない。でも事前に分かっていれば対策はとれる』ということをおっしゃっており、風向や風速を見て、キックを蹴る・蹴らない、高く蹴る・低く蹴るなどを指示していたそうです。
でも、そのために中島さん(中島正太氏:ラグビー日本代表アナリスト)が毎朝5時に試合会場の気象情報を集めて、提出していると言うんですよ。もうそこはうちの得意分野ですから、サポートしますよ、という話をすぐにしました」
こうして決まった昨年のラグビーW杯における日本代表のサポート。本番に先立って行われた宮崎での事前合宿から、チームに必要な気象情報について、相談をしつつ、準備を進めていった。
決戦の地・ブライトンで出した大胆な予報
9月に開催地・イングランド入りする予定となっていた日本代表。それに先立って、8月初旬に浅田氏を中心としたウェザーニューズ・スポーツ気象チームは現地の過去5年間の気象データについて分析したレポートを代表チームに提出した。試合が行われる3会場の気象傾向が詳細に記されたものだ。過去の傾向を見たところ、第1戦南アフリカ戦が行われるブライトンは実は天候が荒れやすい土地だということが分かっていた。
そして試合日約1週間前に日本代表は現地入り。実際その時も天候が悪く、本番に向けて不安が募る空模様だった。
しかし、ウェザーニューズは南ア戦試合当日について、大胆な予報を出す。
「僕らは当初のデータとは真逆で、試合当日は荒れないという予報を出しました。だから、雨や風の対策はせずに、4年間の練習の成果を最大限発揮できるように準備してくださいと代表チームにお伝えしました。」
本番直前で時間も限られ、しかも異国の地でのW杯という大舞台での試合に臨む上で、当日の天候が予想できているということは我々が想像している以上に心強かったに違いない。
ラグビー日本代表に提供された資料の一部
チームに提供される情報は、試合会場の天候、気温、湿度、風速だけでなく、スタジアムのどちら側から風が吹いてくるのか、視覚的に分かるようになっている。
また、試合日だけでなく、練習日の天候についてもチームが把握することによって、屋内外どちらで練習するのか、スケジュールを立てやすくなる。場合によっては雨の状況に馴れるために、あえて天候不良の時間帯を選んで屋外練習をしたり、滑りやすい状況を再現するためにボールに石鹸水を付けたり、といった対策もできる。スパイクも天候によって種類や刃の長さが変わってくるが、そこが予測できていればシューズの選択も早い段階から行うことができ、より本番に近い状態での練習が可能になる。
情報提供は基本的に1日2回。理由は朝と夜にチームミーティングが行われるためだ。それに合わせ、朝なら当日の気象情報を、夜なら次の日の予報をそれぞれ提供する。
そして見事、南アフリカ戦当日の予報は的中。天候がいい状態を想定し、限られた準備の時間を有効に使えたことが、歴史的な勝利に繋がったと言えるだろう。
予報に“絶対”はない。それでも選手から信頼される理由
とはいえ、“予報”である限り、時には外してしまうことももちろんある。しかし、その事実以上に大切なことがあるという。
「予報は100%の精度ではありません。提供する前にも私はそういった話を必ずします。大事なのは予報を外してはいけないのではなく、予報が変わった時にすぐ伝えることなんです。うちは結構予報も当たりますけどね(笑)実際選手からそういった声を日本国内だけでなく、海外遠征時にもよく頂きます。
予報の精度の高さという信頼度だけでなく、スポーツを支えることに対して想いを持った者がサポートしておりますので、そこでの安心感を持って頂けていれば嬉しいですね」
スポーツ気象チームは約20名で構成され、そのうち5名が今回のリオ五輪にも派遣されている。メンバーは全員スポーツ好きだという。実際、ウェザーニューズへの入社志望者の中にもスポーツを経験した中で、天気に興味を持ったという人も一定数いるそうだ。
「僕はサービス提供者でもありながら、サービスを受ける側でもありますから、それは強みに感じています。でもそのせいでつい気持ちが先行してしまうところもあって…だからそれをどうやってやるのか、とツッコまれた時はみんなで考える感じですね(笑)」
専門的な気象情報を、スポーツに理解のある人が、より競技に役立つ形に噛み砕いて、その時々に応じたベストな答えを出し続ける。それが選手達への信頼に繋がっているのだ。
スポーツ気象チームは早めにリオデジャネイロ入りし、観測を行う
気象は今後よりスポーツに直接的に関わっていく可能性も秘めている。
「例えば野球だと夏場にやたらと打つイメージがある選手とかいますよね。野球やラグビーに限らず、こういった様々な競技において僕はそこにも天気との相関関係があると思っています。もちろん日々の練習は必要でしょうけど、そこに加えて天気が活躍に関係していることが分かれば、選手起用のあり方も変わってきます。」
湿度に強い選手、気温の高さに強い選手などもデータとして活用されるようになれば、数百人も所属するような部活やチームにおいて、光り輝ける選手がもっと出てくるかもしれない。
選手が最高のパフォーマンスを発揮できるように
24時間365日、150人体制で世界中の気象情報を収集、発信し続けるウェザーニューズだが、今回のリオデジャネイロ五輪でスポーツ気象チームは7人制ラグビー、トライアスロン、女子ホッケー、セーリング等、7競技16チームの日本代表に向けて情報提供を行うことになっている。
「リオ大会に向けて、多くの角度から情報を集めていき、予測の精度を上げるということをここ1年ほどやることで、準備を進めてきました。今年2月にもリオに行って、現地の気象機関と交渉し、情報提供をしてもらえることになっています。
何より4年間一生懸命努力を続けてきて、出せるパフォーマンスもピークに来ているのに、それが天気のせいで発揮できなかったら、こんな悲しいことはないじゃないですか。僕らが提供した気象情報を頭に入れた上で競技に臨むことで、少しでも選手にいいパフォーマンスを発揮してもらえればと思います。それが結果的にメダルに近づけるのなら、僕らもやっている価値があります」
日の丸を背負う選手達へのサポート体制の万全さと意気込みを最後にこう力強く話してくれた。
南アメリカ大陸では初の開催となるリオデジャネイロ五輪は日本時間8月5日〜21日(一部競技は3日から)、パラリンピックは日本時間9月8日〜19日の期間で行われる。熱戦の裏側にあるスポーツと気象の関係についても少し気にして観戦することで、また1つ今までと違った楽しみ方ができるはずだ。