自転車がまちを活性化!?サイクルロードレースと宇都宮市のつながりとは

2017.11.29 小林 礼乃

1990年から20年以上にわたって開催され続けている国内最大級の自転車ロードレースであるジャパンカップサイクルロードレースをご存知だろうか?これは、宇都宮市が主催して開催している自転車レースである。

宇都宮市は、「自転車の駅」を設置するなど、サイクリストへの支援を積極的に行なっている地域である。ただ、なぜ、どういった経緯で宇都宮市はこのようにロードレースと関わってきたのだろうか。

その知られざる背景を知るべく、今回は宇都宮市とロードレースの関係性について、サイクルスポーツマネージメント株式会社取締役であり、宇都宮ブリッツェンのゼネラルマネージャーである廣瀬佳正さんに話を伺った。ジャパンカップの歴史を紐解きながらレースの魅力や宇都宮という地域への影響についてを探っていく。

宇都宮市とロードレースの関係と歴史

現在、国内でも最大級のロードレースであるジャパンカップは何故、栃木県宇都宮市で開催されているのだろうか。廣瀬氏によると、かつて中野浩一選手が、世界選手権を10連覇し、その影響を受け、1990年に日本で世界選手権自転車競技大会が開催された。その2年後に行われたのが、ジャパンカップだったという。この時は宇都宮市だけでなく、群馬県でも開催されていた。群馬の前橋では競技上を使用するトラック競技、栃木の宇都宮ではロードレースとそれぞれの県で種目を分けていたのだという。宇都宮市のロードレース会場は、宇都宮森林公園だ。
ここは駅から車で40分ほどの所に位置する公園で、普段はサイクリングコースとしてだけでなくキャンプなどでも使用されるアウトドアスポットである。

第1回を開催した1990年当時、ロードレースは既に、世界的にも有名な競技であった。そのために反響も大きかったため、『中野選手の10連覇記念として開催する形で、ジャパンカップを終わらせては勿体ない』と感じたのだという。そして、その2年後から正式にジャパンカップが開催されるようになり、1996年には、国際自転車競技連合(UCI)ロード・ワールドカップという自転車ロードレースの年間表彰制度対象レースに指定された。その後、2009年に宇都宮市をホームグラウンドとして宇都宮ブリッツェンというロードレースチームが生まれた。ジャパンカップで使用している森林公園のコースは現在行政と宇都宮ブリッツェンが管理しており、普段はチームのホームコースなのだという。

宇都宮ブリッツェンが宇都宮市民を熱くさせる!?

地域密着型プロロードレースチームを自負する宇都宮ブリッツェンは、真っ赤なジャージがトレードマークの派手なチームだ。選手たちもまだ若く活気に溢れている。ロードレースの出場だけでなく、自転車安全教室やサイクルイベントなどを定期的に開催し子供から高齢者まで幅広い年齢の人々に自転車との関わりを深めてもらおうと活動している。
現在、国内でも数多くの場所でサイクルイベントが開催されているが、開催地域にホームチームが存在するところは少ない。その点、宇都宮市には”宇都宮”ブリッツェンという、その名前から宇都宮市発だとわかるプロチームがいる。その為、市民も俄然自転車のレースに対して熱視線を送り、行政もこのチームの活動に賛同し、地域のサイクルイベントにも力が入っている。

宇都宮市でこんなにも自転車のレースが盛り上がっている背景には、ジャパンカップが国内だけでなく世界的にも有名になってきているという事実は確かにある。とはいえ、それだけではない。もちろん海外の有名な選手やチームが参戦するのもファンにとっては非常に魅力的だが、市民にとってはホームグラウンドで地元のチームに活躍してもらいたいという思いがあり、市民が率先してそれを盛り上げたいと考えているのだろう。

事実、宇都宮ブリッツェンのサポーター達は大会前日の深夜から、観戦場所を確保し応援に備えていた。そして、彼らはジャパンカップでは唯レースの応援をするだけではなく、空いた時間にはチラシを配る活動を行い宇都宮ブリッツェンの支援活動を積極的に行う。サポーターをはじめとした市民の熱烈な応援はジャパンカップ期間限定でオープンしている特設ショップでも見られた。

選手達の使用しているロードバイクや、選手のパネルが飾られた店内ではブリッツェンのオフィシャルグッズや、ジャパンカップ記念グッズを販売していた。ショップに訪れる人々はオープン直後から後を立たず終始賑わっていたようである。店内には自由にメッセージが書けるブラックボードもあり、選手への熱い応援メッセージで埋め尽くされていたのを見ると宇都宮市民とブリッツェンとの9年間にもわたる深い絆のようなものを感じた。