遠藤敦(スポーツファーマシスト)。「修造系薬剤師」が、スポーツ界に革命を起こす。

2015.01.23 森 大樹

遠藤敦
 
今回はスポーツファーマシストの遠藤敦さんにお話を伺います。遠藤さんはスポーツのドーピング防止における専門の薬剤師(スポーツファーマシスト)であり、食事や市販薬などに由来する「うっかりドーピング」を防ぐための知識・情報を伝える本「うっかりドーピング防止マニュアル」等の執筆をされています。日本で取り上げられることの少ないドーピングに関する知識について教えて頂きました。
 

スポーツファーマシストとは

 
――まず始めに遠藤さんの経歴とこの仕事を始めたきっかけを教えてください。
 
もともと高校生の頃はバイクが大好きでエンジンを作りたくて、大学も機械工学の方に進んだのですが、僕はオタク過ぎて授業でやる内容がつまらなかったんです。これ高校1年の時に自分でやったわ、みたいな感じでした(笑)そんな時、祖父が亡くなったのですが、その介護をしている時に医療の現場を見ていて、人の命の関わる仕事に自然と憧れを持つようになっていきました。
 
あとは私は昔から化学がすごく嫌いだったので一切勉強しなくて常に赤点ばかり取っていました。でもそれなら逆に新しいことを学ぶという点においてつまらないだけということはないだろうと思ったので、自分が行ける医療系の学部を探して薬学部に通い直すことにしました。
 
――その振り切り方はすごいですね。あえて難しい選択をすることはなかなかできないと思います。
 
薬剤師になってからはしばらく国立病院で普通に働いていました。ただ、とある大学時代からの僕の師匠が起業した方がいいと常々言っていたのを思い出して、社長になりたいと考えるようになりました。国立病院は公務員で、会社をつくることができなかったので、民間企業の薬剤師に転職しました。
 
転職して2年くらいした時に、兄貴にロードバイクをもらって、休みの度に趣味で乗るようになりました。その頃は多摩に住んでいたので山や湖の方に行ったり、片道20kmの道のりを自転車で通勤していたりしました。自転車の楽しさから競技にも興味が出てきて、ツール・ド・フランスを観るようになりました。スポーツとしての戦略や役割分担などがあり、すごく面白いなと思ったんです。テレビ放送だと競技時間が長いので、間に解説者がいろいろな話をしてくれるのですが、その中でドーピングの話が出てきました。
 
――最近も海外の有名な自転車選手のドーピングが発覚して話題になりましたね。
 
自転車競技は昔からドーピングがある競技です。最近話題になったのはランス・アームストロングという選手で、ツール・ド・フランスを7連覇した英雄ですが、薬物使用疑惑で失格になりました。自転車はそれ以前、1960年代から薬物汚染がある競技で、薬剤師という視点で面白そうな分野だとは考えていたんです。ちょうどその頃スポーツファーマシストという資格があることを知りました。なので、その資格を受けてみたというのが今の仕事のきっかけです。
 
――スポーツファーマシストという資格についてもう少し詳しく教えてください。
 
主催は日本アンチ・ドーピング機構(JADA)で、そこに日本薬剤師会が協力してできた、ドーピングに関する専門的な薬剤師という位置づけで、創設されました。スポーツのドーピング専門の薬剤師というのは世界的にも珍しく、世界アンチ・ドーピング機構(WADA)にも取り上げられました。しかし日本にスポーツファーマシストは5896人いますが、ほとんどの人が動けていないというが現状です。現在実際に動いているのは100人程だと思います。
 
――それだけ少ないのはなぜなのでしょうか。
 
理由はいくつかあります。基本的にはそもそもドーピングに関する相談をする必要のある選手が少ないということ。ドーピングの検査は日本で年間4500〜5000件行われるのですが、半分以上は繰り返し当たる選手ばかりです。ドーピング検査はトップクラスの大会でしか行われないからです。またそのくらいのレベルの選手になるとスポーツ専門の医療チームのサポートを受けていたりもするので、薬に関する不安はありません。
 
なので、スポーツファーマシストとしてサポートするのはそのトップクラスには入れていないものの、そこを目指しているある程度レベルの高い選手達ということになります。ただ必要ではありますが、需要が多くないのです。あとはこの資格取ったあとの自己研鑚ハードルが高いのもあります。
 
遠藤敦
 

医療の分野においてスポーツの知識は必要

 
――スポーツファーマシストの資格取得のためにはどういった勉強をされるのでしょうか。
 
ドーピング検査の概要や歴史、検査に引っかかる薬物などを勉強します。一般的な薬剤師であれば少し勉強すれば取ることができます。でもそのレベルで選手の対応ができるわけではないんです。そこで僕はスポーツファーマシストの資格を持った人達が動けるような仕組みをつくろうと今動いています。
 
――今現在スポーツファーマシストとして動いている方々はどういった形で活動されているのでしょうか。
 
スポーツチームのメディカルサポートとして入っていたり、競技団体や協会側として入っている人もいます。街の薬局で働いていて、合宿所の選手達が薬をもらいに来るという形もあります。
 
もちろんドーピングの相談を受けるというのも僕らの仕事ですが、そもそも相談をしなくてもいいような形をつくっていくことも大切だと考えています。僕は選手のところに行って、例えば風邪薬を飲む時には気をつけなくてはいけないこと、サプリメントを摂取する時に気を付けること、病院に行く時に気を付けないといけないことなどを話しています。あとはチームや栄養士、トレーナーなど他の形で選手をサポートしている方にドーピング検査の流れをお話することもあります。
 
――遠藤さんは具体的にどういったチームのサポートをされているのでしょうか。
 
一例を上げれば、トップリーグのフットサルチームのメディカルサポートとして薬の相談やスポーツドクターへの情報提供などを行っています。
 
――日本ではドーピングの検査に引っかかる人は少ないのでしょうか。
 
日本は世界と比べてドーピングでの失格の確率は10分の1程度と考えられています。他の国ではドーピングをしたいという人が多いところもありますが、日本人は真面目だからやらないと言われています。あとは薬品が手に入りにくいことも挙げられます。
 
一方で海外の方が日本よりスポーツドクターが身近にいることも多いです。スポーツの中での医療体制が整っているんです。学校のチームにもトレーナーなどが付いたりしています。なので薬剤師が入っていく必要があまりないんです。反対に薬剤師の仕事としてそういったドーピングに関する知識を持っていて当たり前としている国もあります。
 
――今後どういった形でスポーツと医療、薬剤師を関係させていきたいと考えているのでしょうか。
 
スポーツは今まで薬剤師がいなかった分野なので、そこに入っていくことで新しいイノベーションが起こせると思っています。医療の分野においてスポーツの知識は必要なんです。例えば血圧の高い患者さんがいて、薬を極力飲ませたくないとなると、お医者さんは運動して食事の改善をしてくださいとよく言います。
 
でも薬局にその患者さんが来ても、薬剤師も具体的にどういった運動をしたらいいかはうまく伝えられる人はあまりいません。医師や薬剤師が有酸素運動で心拍数がいくつくらいで…という話をしたところで、患者さんもなかなか続けることは難しいと思います。
 
ケガの予兆も普段運動しない人であれば自分で分からないからケガをさせてしまうかもしれません。もしそこにスポーツ経験者がサポートに入れば、もっと楽しく、正しく運動する方法を伝えることができます。そういった形で医療側のニーズはありますし、スポーツ選手の仕事の一つにもなり得ると考えています。
 
遠藤敦
 

日本のドーピング認識の甘さ

 
――今までの活動で苦労されたことを教えてください。
 
今まで薬剤師はスポーツの世界にいませんでした。ある程度スポーツドクターが対応していたからです。チームに営業にいっても間に合っていますと言われてしまいます。また、選手のところにいってもドーピングというワードを聞いた時点で自分はやっていないから大丈夫です、と断られて相手にされませんでした。
 
なので、ドーピングの相談だけでなく、幅広くサポートできるようにする形で徐々に動けるようになってきたというところです。スポーツ選手にどれだけ役に立っているかは分かりませんのでまだまだこれからだと思います。
 
――反対に嬉しかったことを教えてください。
 
選手に頼られて感謝されるのは嬉しいです。遠征先でチームドクターの治療が受けられない場合には現地の病院で診察を受けることになるわけですが、その時に先生と話してもらいたいと選手から電話がかかってくることもあります。治療方針とどういった薬を使う予定かを聞いて、検査にあたっても安心できるように情報提供します。これをやらせてくれるということは相当選手に信頼されているのだと思います。あとは専門外のことについて相談してくれるお医者さんもいたりして、調べて返答して感謝してもらえることはありがたいですね。
 
――この仕事をする上で印象的だったできごとを教えてください。
 
意外とドーピングをする方法についてネット上に載っているということです。ドーピンググルという、薬の選択や量の調整する指導者的な立ち位置の人がいて、そういった人達が情報を流しています。ドーピングするといってもただ薬を入れればいいわけではなくて、副作用が少ないように、見つかりにくいようにする必要がありますから。
 
安易にドーピングをやってしまう人が出ないようにするためにもやめてほしいです。あとは意外と禁止薬物は買えてしまうという事実です。やればすぐ見つかりますし、効果は薄いのですが、簡単な男性ホルモンは通販でも買えてしまいます。日本人は武士道精神があるからドーピングをしないと言われていますが、もしかするとまだそういった環境であることを知らないだけなのかもしれません。
 
――今後日本でドーピングが広がっていかないためにもしっかりとした予防・認知をさせていく必要がありそうですね。
 
日本でどれだけ認識が甘いかを表すデータがあります。去年の東京国体でスポーツチームにアンケートをしました。ドーピング検査の可能性がある大会の試合会場に入るにあたって、自チーム持参の薬箱の中身のドーピング検査を受けているかと薬箱に実際に何が入っているかを確認しました。すると禁止物質が入っている薬が薬剤師などのチェックを受けないままチームの薬箱に入っていた例が約3%ありました。それが日本で毎年10例くらい起きている失格の原因になるのだと思います。
 
――知らず知らずのうちにドーピングをしていて失格になってしまえば、選手のそれまでの努力が水に流れてしまうわけですから、問題だと思います。
 
制度が始まった当初、僕らスポーツファーマシストはスポーツ現場にいらないと言われていましたが、そういった事実がある以上、やはり必要だと再認識し、頑張らないといけないなと改めて考えさせられた出来事でした。
 
――ドーピングが発覚した際にはどういったペナルティが課されるのでしょうか。
 
出た薬物の種類、尿の中に出た値、何回目かを総合的に判断して決まります。風邪薬であれば3ヶ月の資格停止で済みますが、薬によっては2年間資格停止になってしまうこともあります。一番選手としていい時期に2年間資格停止になってしまうと本当にきついですし、大きな損失だと思います。
 
例えば2011年にラグビー選手が塗り薬で失格になったことがあったのですが、大学を卒業して社会人チームに入る時にそれが発覚して、22~24歳の選手としていい時に練習試合にすら出られなくなるということがありました。
 
自転車
 

薬剤師として選手の力になりたい

 
――ここからは遠藤さんのプライベートについてお伺いしていきたいと思います。もしこのお仕事をされていなかったら何をしていたと思いますか。
 
そのまま機械工学を勉強していたかもしれませんし、トラックドライバーをしていたかもしれません(笑)全く関係ないものが2つ合わさると面白いものになると考えています。例えば薬剤師×トラックドライバーということです。なぜトラックドライバーかというと薬剤師は化学の知識があります。
 
そうなると特殊な危険物を運ぶことができる運転手に簡単になることができるからです。ガソリンを運べる人は多いですが、例えば硫酸を運べる人は多くないだろうと思ったんです。珍しい物質を運ぶには当然難しい知識が必要になりますし、そういった化学の知識がある人はトラックドライバーをやろうとは思わないだろうと考えていました。あとは一時期大道芸人をやっていたこともあります(笑)
 
――趣味を教えてください。
 
ロードバイク、料理、掃除、洗濯、アイロンがけなどですかね。
 
――すごく家庭的ですね(笑)
 
他にも写経をしてみたり、大道芸人をやっていたので、ボールやコマを回したり、バルーンアートをやったりします。
 
――ご自身の魅力を一言で表してください。
 
暑苦しいです。「修造系薬剤師」を目指しています(笑)薬剤師のイメージはクールな感じだと思うので、たまにはそういう人がいてもいいのではないかなと思います。
 
――スポーツファーマシストならではのエピソードがあれば教えてください。
 
一般的な知識を得たいフリをして何気なくバレないドーピングのやり方を聞いてくる人がいます。今は非常に厳しい中で検査が行われています。50mプールの水の中に目薬を1滴垂らしただけでも検出されてしまうくらい厳しいです。なのでやり方を教えてくれと言われても困りますね。もちろんもし可能だったとしても教えませんよ。
 
――最後に読者の方にメッセージをお願いします。
 
意外と薬剤師は便利なので、使ってください(笑)
2020年に東京オリンピックが来ます。これを読んでいる方の中にはそこでメダルを取っている人もいるかもしれません。僕達は選手の力になりたいと考えています。そのためにも僕達をどんどん使ってもらって無理難題を言ってください。全力でサポートします。
 
<了>