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佐藤壮(ラクロス女子代表監督)が語るチーム作り。競技力の前に、人間力。

2017.11.02 / AZrena編集部

佐藤壮監督

2017年7月、イングランド・ギルフォードで行われたラクロスW杯。ラクロス日本女子代表は入賞まであと一歩、9位で大会を終えた。

日本代表を率いた佐藤壮監督に、W杯を終えた率直な感想や、日本代表のチームづくりについて伺った。また、長期に渡ってスポーツにおける最高人数であろうかという女子人数を誇るチームを指導する佐藤氏だからこそ分かる女性のマネジメント術についても語っていただいた。

多くのラクロッサーが教えを請い、信頼を寄せる佐藤氏がラクロスのプロコーチとして新たな地位を確立した理由が分かるのではないだろうか。

既成概念を壊して新しい時代の一歩を踏み出していく

-まずは日本代表の監督として、2017年のW杯を終えた感想を教えてください。
結果は9位でした。それでも、やってきたことや取り組んできたことは方向性としては間違ってなかったというのは確認できました。

-日本の女子ラクロスチーム自体は成長していますか?
その点を僕が評価して良いのかどうかはわからないんですが、競技の成果として5位以上を目指そうと言っていました。その5位以上を目指している時に、日本のラクロスをどう変えていくかという目標の話は頻繁にしていました。今までと違う形のラクロス、既成概念をある程度破壊して新しい時代の一歩を踏み出していくような状況にしようと。

もう1つの目標が10年後のラクロスの形を変えるということです。それが、僕たち日本代表にとってはミッションですね。そのゴールはまだ10年後なのでまだわからないんですけど、まだ日本代表としての活動は続いてると思ってるし、選手自身もそこを目指してくれるとありがたいなとは思います。

ラクロスはもっと身近なスポーツであっていい

-日本のラクロスは、競技人口もチーム数も増えてきています。ラクロスはマイナースポーツではなくなってきていると思いますが、そこの変化にはどう感じてますか?
もっと人気になって、大衆化して、認知されてもいいと思っています。

-それでオリンピックの種目にもなってそこを目指すという状況にもなることが理想的でしょうか?
例えばですけど、一般化、大衆化して僕たちが手作りでやってたのが、他のスポーツと一緒になってしまうからそれは嫌だと思ってしまうという意見もよくわかります。

例えば、ラクビーとサッカーは元は同じだったのに、ルールや支持階級の違いで別れてしまった。しかし、現在ではどちらもメジャーになってますよね。当時はお互い非難しあったりしていたと聞きます。こういう風に、世の中て変わっていく事が自然じゃないですか。だから、一般化したいとか、メジャーになったほうがいいということではなくて、その流れに逆らえないという表現が僕の中では一番しっくりきますね。だからもう乗っていくしかないだろうと思っています。

佐藤壮監督

大学日本一が世界より高い目標になっている⁉︎

-日本のラクロス界は、大学日本一という方が世界より高くなっていると聞いたことがあります。
殆どの大学生にとっては、おっしゃるとおり高い目標ですね。大学日本一どころか女子は大学生が社会人を倒して何度も日本一になっていますからね。それも問題です。

そうなると社会人になって続けなくなるし、キャリアを大学生の4年間で終えてしまいます。日本一になることも素晴らしいことだと思います。ですが、大学から始めたスポーツで日本一になれる現状を周りが見たら、そのスポーツが盛り上がってるとかスポーツが盛んだとは思われないでしょう。社会人の人は大学4年間しかやってない人に勝てないの?、と。

-練習量が…というのは言い訳にならなくなりますね。
ならないですね。練習量はもちろん落ちますけど社会人になってから学ぶことは凄まじくあるじゃないですか。それをフィールドに昇華できていないだけなんですよ。指導者がそれを教えられていない。社会人だと指導者がいないことも多いですが、大学の指導者が社会人になってから学んだことをフィールドで出していくことを教えてないのかもしれません。

-そこが変わると日本としての強さが出ますよね?
経験年数の話をすると日本代表の平均競技歴が6年くらいになります。学生4年間と社会人になってから数年のような。アメリカですと、10歳から30歳くらいまで10年以上15.6年続けていますが。

-それは長いですね。
長いです。10歳から26歳まで続けたら16年じゃないですか。日本の子達にも、せめて18歳から始めて28歳まで続けて欲しいなと。だから僕は10年続けることを1つの形にしたいと思っています。なんの世界も10年やらないといけないと思っています。

-4年で燃え尽きるってスポーツでは少ないですよね。
なので、大学生が社会人に勝ってしまうと簡単に成果を手に入れられてしまうお手軽なスポーツという見方もできてしまいます。社会人になっても続けたいって思う環境をどう作るかということを代表選手とも結構話していますよ。例えば、NeOはクリニックもやったり、動画を載せたりだとか。そういった行動は、日本代表活動を通して触発された行動だと思いたいですね。

佐藤壮監督

スポーツで競い合う5つの要素

-海外と比べて経験年数の他にどういった点で違いがあるのでしょうか?
たくさんあります。
日本人は結果をとても重視するので、マイナスなことの指摘が多いですよね。海外を見てると失敗はするものだし、そこからどう何を学ぶかを大事にしていると感じますね。失敗した選手に『Good!』というような声かけをしていることが多い印象です。

-日本だと、失敗するならしなければよかったのにとなりますよね?
批判的に見ることが多いですね。でも、海外はそんなことないです。あとは失敗があっても、何が正解と追求するわけではないので。
試合前の準備の仕方なども全然違いますよね。
例えば同じバスで試合会場に行くことが多々あるんですよねW杯だと。対戦相手と同じ時間に宿舎を出るので。カナダチームとか海外のチームは今流行りの曲とか音楽を流すわけですよ。それをバスの後ろで、音楽に合わせて歌ったりしてるんです。それに対して日本の選手が黙ってる光景は、すごいシュールです。ですが、僕は「歌え」と。歌わせたり、写真撮ったりとかさせてます。日本だったら「集中しろ」と怒られそうですけどね。

海外で当たり前に活躍してる人というのが、そういった文化の違いに物怖じしない人とか英語でインタビューに答えられてる人とかとイコールになりつつあると感じています。W杯は技術だけを競い合ってる場所ではないなと。

-面白いですね。視点が違いますよね。技術の視点の話ではなくて。
スポーツで競い合ってる重要な要素というと、テクニカル、メンタル、フィジカル、タクティクス。

あと大事なのが、ソーシャル。この5つのファイブエレメンスが強い選手が重要ですね。日本だと、わがままでも点を取ってくれる選手がいたら勝てることもあるので、社会性はなくても良いものになっています。ですが、W杯で活躍するためにはこの5つが揃う必要がありますね。グッドプレーヤーの前にグッドパーソンでなければいけない。

W杯を通して、視点の広がりは感じましたし、選手自身もそういうのは感じたのかなと思いますけどね。なので、選手に世界に憧れを持ってもらって、日本代表を目指す場所にしたいというのが僕らのプランです。だから、もしメダルとっていたらの「変化」は見たかったという思いがあります。

佐藤壮監督

日本代表の条件、リーダーシップとは

-大学ごとにラクロスのスタイルは異なり、社会人の選手もいる。そういう状況の中で日本代表のメンバーを決めるのは大変では?
代表メンバー決めの時に『リーダーシップのある選手』というのを条件として挙げていて、オープンにしていました。リーダーシップというと広義の意味になるのですが、代表活動で使っていた定義があります。それが“いつでもどこでも自分の考えや行動で組織に新しい良い影響を与えられる人”というものです。だからこそ、日本代表の選手は絶対にビジネスでも活躍できると確信してます。

-それが1番の条件ということなんですね。
それは最低条件ですね。内部で募った不満が外部に漏れることもあるんですよ。代表チームというのはどこもそうなのですが…。ただ、それは完全に社会性の問題じゃないですか。加えて、自分が出られない妬みからくるものもありました。ただ、そういう人は選ばなければ良い話であり、そういう意味も込めて“リーダーシップのある選手”という基準があったんです。

戦略の話をすると、日本の選手は海外の人に比べたら技術的に下手なんです。もっと成長してかなければいけない段階にあります。だからこそ、成長していくことや、皆でチャレンジすることに対して積極的になれる子の方が今回の代表メンバーにはふさわしいという考えがありました。ただ、今の状況を考えた上での選考基準なので、20年後に日本代表の監督をやるとなったら、異なる基準で選手を集めると思います。

-代表監督は、大学のコーチと全く異なりますか?
全然違いますね。国内で立教大学のコーチをやっていれば勝てる試合は多いですが、世界に行ったら強豪と言われるチームにはほぼ勝てない。その勝てない試合を何試合も連続でやるんです。20日間毎日同じメンバーで、その20人と同じ生活空間で共に過ごさなければいけないんですよね。多分珍しいと思いますけど、そのことを重視しています。

-社会人の選手が面倒を見てあげるというような雰囲気なのでしょうか?
そこでリーダーシップという言葉が重要になります。リーダーシップというと、「俺についてこい」というように引っ張るイメージを皆さん持つと思うんです。“誰しもが自分らしく能力を遠慮せず発揮すること”がリーダーシップだと、僕は考えています。世の中には無駄な人なんていないんですよ。絶対それぞれの人間に価値がある。その価値を素直に出してくれることがリーダーシップだと考えています。そういう意味では、学生だからとか社会人だからとかは、関係ないですね。

例えば年長者なりのリーダーシップは勿論あると思います。新しく入ってきた人に対して手厚くサポートをするとか。
皆に「こういう風にやろう」「こうやるのはどう思うか?」「何か質問ある?」と聞いたときに、聞きたいのに聞けないことってあると思うんですよ。そのときに、一番わかってない子や下級生に「分かる?」と聞けるような選手がいることは素晴らしいリーダーシップだと思っています。同様に分からない事を分からないと素直に言える事も素晴らしいですね。

-色々なカラーの人が集まって形成されているということでしょうか?
そうですね、それが代表じゃないですか。
例えば代表でなく、クラブチームレベルだと「クラブチームで一緒にやってる理由は何なのか?」という部分の擦り合わせが弱いと感じることがあります。ゴールセッティングが弱い。多分、“勝ちたい”という部分になってくると思うのですが、それを目標にしていたら、そこは絶対に擦り合わないですね。自分たちそれぞれのやり方で勝ってきた人達の集まりなので、そういうチームが勝ってるとそのクラブ、そのスポーツのレベルが上がらないです。

佐藤壮監督

信頼をいかに集めるか

-立教大学で長年教えていらっしゃいますが、コツとかモチベーションupで意識されてるところありますか?
立教大学は一番特徴もありますし、方策もたくさんあります。なので、立教大学の女子ラクロス部の一番の目標は日本一になることではないです。「目標はなんですか?」と聞かれたら、皆「日本一」と答えるんですけど。先ほど話した成果目標です。

日本一になった時の状態が結構重要だと思っていますね。日本一になったプロセスが他のことに流用できないようなやり方では意味がないと考えています。
1人のトッププレイヤーで勝つというのは意味がないですね。理想なのであくまでも目標は。目指してることは、“社会で活躍する女性を輩出すること”と“ずっと強い立教”という2つです。それはずっと変わらないチームの理念です。

-立教大学のような200人の部員がずっと続けられる環境を作るコツはありますか?
日本代表と立教大学でコーチしてるのはスタイルが違います。日本代表はトップの選手たち30人、40人を触ればいいんです。でも。200人を触ればいいということは全然違いますよね。コアなお客さんを笑わせればいいのと全てのお客さんを笑わせなきゃいけないという。

-立教で教えるときの方が気を使ったり、考えたりするのでしょうか?
どっちもどっちですよね、やっぱり。より深くとか目的を教えなければならないので。ただ一緒ではないです。

立教はホワイト部活と言いますか、辞めてしまう人が少ないんですよ。辞めてしまう理由というのは、結構簡単だと思っていて、承認されないことが原因だと思っています。なので、一人一人が承認されるように必要な立場を作るといったことをしています。上手い下手とかやる気があるないではないですね。承認欲求を満たしてあげられる場所をつくってあげることが大切だと思っています。

-そのチームで勝つからこそ意味があるということですか?
それが目標なんですよね。より難しいことをやろうとしているのは皆理解してます。

毎年ファイナル4に出続けるのが一番出さなければいけない成果目標です。それは、皆認知しています。それがずっと強い立教なんです。「ずっと強いレベルとは?」と言ったら関東のファイナル4にずっと出続けること。
「社会で活躍することとは?」と言ったら、その答えは大学4年間でもいいし、社会に出てからでもいいので自分で見つけて活躍しようということです。

佐藤壮監督

-200人の女性の組織で指導するにあたって、意識しているようなことはあるのでしょうか?
特定の選手としか、一緒に飲みに行かないとか。ある一定のラインは引く。その個人個人にあった「当たり前」を作ってあげることは意識しますね。性格・見た目と外的要素・内的要素問わずです。

-学生たちが「教えてもらいたい。」と言ってみんなでお金を集めてコーチに指導を頼むことが多いラクロスですが、この信頼感を深めることは簡単ではないと思います。
色々な方法があると思うのですが、僕の場合は選手にある程度満足度を与えられているからだと思います。

ここで1つ大事なのが「勝つ」というところだけに主眼を置いているチームだと結構大変です。『この人のこと嫌いだけど、勝っているから変える理由がない』ということで、常勝時代は監督が変わらなかったりする場合、チームが崩れたら即退任ということも多いです。特定の代を贔屓して教えていた場合はその下の代が一番上の代になった時に解任されるコーチも多い。そうなってしまうと長期的な視野に立って強化ができないという悩みが生まれてしまいます。指導者資格を作って、継続的にコーチできる資格がある人であれば簡単に変えられない。そして、変えられないためにはどうしたらいいかという部分を考えるのも必要だと思っています。最近、資格制度の動きを始めている背景でもありますね。

-チーム作りに感銘を受けることが多いです。海外のチームと戦ったことによって考えが変わったということなのでしょうか?
はい。変わりました。というか「変化」ということがとても大事だと思っているんです。
指導者として、「ずっと同じこと言ってるよね」と言われていたらいけないと思っています。その間に選手は絶対成長してますよね。毎回変わってないと言われてたらニーズを捉えてない潰れるラーメン屋の典型じゃないですか?(笑)

だから初めて立教で優勝した時もやっぱり変わりましたし、09年度でヘッドコーチをやって海外で戦ったときも変わりましたし、今回も変わりましたね。今回のW杯の経験を経て確信に変わったというか。やっぱりグッドプレーヤーは大事で全部必要ですが、やっぱりグッドパーソンが大事だなというのは僕の中で確信に変わりました。

日本代表監督が語る、ラクロスの魅力

-今後、こういう風になりたい若しくはこういう立場を作っていきたいというようなご自身のビジョンは?
成長し続けることですね。学び続けること。そして、僕は他人に影響を与える人になりたいです。
例えば野球でいうところの野村監督ですね。ラクロス界だけに認められてる指導者ではなく、外から認められていかなきゃならないとダメだなと思っています。

-ラクロスの魅力とはどういったところになるのでしょうか?
「不完全」なことじゃないでしょうか。変革ができること。そこが一番の魅力です。正解がないので、全部正しくもあって、全部間違ってもいます。だから、様々な取り組みができるところが、一番の魅力だと感じています。競技的にも道具を使って、空中で小さなボールを操るスポーツはあまりないですし。ラクロスは、面白いスポーツだなと思います。